2007年02月21日

港北土木事務所の取材

菊名の川が埋められたのはいつ頃か?
という疑問を解決するために港北土木事務所を訪ねました。

ここには、当時の工事関係の地図があり、資料を見せてもらいました。
川を暗渠にする工事全体については工区が分かれていたり、追加工事などがあったりということで正確なことを知るのは難しいということです。

私たちの目的はいつごろかということなのでそれほど正確な日時についてはよしとしましょう。

駅付近の追加工事が、昭和47年から49年に行われていました。
菊名ハイツ付近の下水工事の完了が51年の8月ということで、この頃にはほとんど終了していたと思われます。

お話をうかがっていておもしろかったのは、工事の際、まず流れている川を土管を埋設して先に流し、埋めていったと言うことです。
埋設管も深いところは○型、浅いところは□型になっているだろうということです。
川の流れと、下水道は別にあっているということも以外でした。
下水に関しては、各家庭からでたものが枝みたいに集まってきているわけですね。

当時の工事業者の方にお話を聞けたらもう少し詳しいことがわかると思います。
posted by キクナカワモノガタリ at 00:00| Comment(4) | TrackBack(0) | 川の情報
この記事へのコメント
はじめまして。元大豆戸町住人、今宮城住人です。菊名の川懐かしいですね。昔は小さな橋がいっぱいかかっていました。八杉神社の太鼓橋や今のキューズマートの前には木製の橋がかかっていて、雨が降ると滑って危ない橋でした。小学校の登校ではほていやさんの前の橋に集まって菊名小に通っていました。小さい橋なのにちゃんと名前がついていたのを思い出しました。一の橋・二の橋・三の橋・・・・と続いていたと記憶しています。小さな魚も泳いでいましたよ。(フナかな)小学校ころに(S44年ころ)ようやくカードレールがついたと思います。道路と川の境に何もなかったので、よく人が自転車ごと落ちたものです。橋が狭かったので車が脱輪して落ちそうになったのも記憶してます。ちょっと雨が降るとすぐあふれて大変でした。そういえばよく水が出て東横線が菊名どまりになりましたね。(駅の横浜方で冠水)
Posted by とみお at 2007年03月12日 22:07
とみおさま コメントありがとうございます。

とても貴重なお話ありがとうございます。
この活動を続けていて、結構川に落ちた話を聞きました。

すべりやすかったんですね。
もう少しビデオが整理できたら一部アップする予定です。
Posted by 一歩 at 2007年03月16日 08:30
「一の橋・二の橋・三の橋・・と続いていた」

そうなんですか。
菊名西口から坂下までの当時の地図を、ききとりで作りたいですね。

脱輪して、次の日まで、そのままにしていた次の日の朝、車輪がぬすまれてなくなっていた、
というような話があり、「そんな時代もあったのよ」で終わる高齢のご婦人の声が、編集した映像にあります。
Posted by みなと at 2007年03月26日 13:46
自身のある方は「美沙」までメールください。(*´ω`) http://you.b8y.in
Posted by まり at 2012年10月01日 09:05
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