2007年01月08日

地名の由来と地名変更

七草の日、ピリオド新年初ミーティングを開催。『菊名「川」物語』第1章の発表に向けての準備の準備・・・をしました。

映像の資料となるような何冊かの郷土史に関する本をぱらぱらとめくりました。まだまだ「発掘」するに足る情報があるようです。
私は『横浜の町名』(横浜市市民局発行)に記されている町名の由来に注目しました。この本は多くの史料を典拠にしているので、信頼できる資料です。

「菊名」は「ククナ」の転化で、奥まったところを意味する古語。谷状の場所を表している。まさに、川、沢、水が付きものの場所。この情報は何らかの形で『菊名「川」物語』に使いたいと私は思いました。

ところで、太尾町が今年中に「大倉山」に町名変更するそうです。
住居表示の適用にあたって、「太尾」と「大倉山」を候補にして太尾町の住民にアンケートをとった結果、多数決で「大倉山」になったよう。商店街の意見が強かったようです。
「大倉山」は昭和初期に「大倉精神文化研究所」ができてから、「太尾」から変わった東横線の駅名ですが、公園の名にはなったものの町名にはなりませんでした。「太尾」は、大きな(太い)尾根を表す地名。
(私は太尾町に10年間住んでいたので、太尾の名には愛着があります)

地名は言霊。地形を表す地名が消えてしまうのは、人々が自然から離れることと結びついているように私は思います。 (悠歩)
posted by キクナカワモノガタリ at 09:41| Comment(36) | TrackBack(1) | 菊名の情報
この記事へのコメント
地名の由来を調べるなら「新編武蔵風土記稿」が便利です。少々ふるいですが港北図書館に置いてあります。
Posted by Marine☆Polaris at 2007年01月08日 21:35
Marine☆Polarisさんありがとうございます。
「新編武蔵風土記稿」も「横浜の町名」の典拠史料の一つになっています。
Posted by 悠歩 at 2007年01月09日 06:56
記事の補足です。
『横浜の町名』は1982年(昭和57年)に初版が、1991年(平成3年)に改訂版が発行されています。
記事に書いた菊名の地名の由来(語源)については初版に書かれているものですが、改訂版を見ますとこの記述は見当たりません。
初版の「ククナ」の記述の典拠は、今手元に本もコピーもないので確かめられませんが、今日職場から借りてきた改訂版には『新編武蔵風土記稿』の引用があり、これには『小田原家人所領役帳』にこう書いてあるということが載っています。これを読む分には、なぜ菊名がキクナなのかはわかりません。
『新編武蔵風土記稿』は江戸時代の土地の様子がわかる史料で、私も一部読んだことがありますが、地名の由来はあまり書いてありません。
地名の由来は、史料を複数渉猟してやっとわかるようなことで、これを読めばわかるというものでもないんですよね。
『横浜の町名』は数々の史料を引用していますが、初版と改訂版とで記述が変わった理由はよくわかりません。
Posted by 悠歩 at 2007年01月10日 21:50
「初版と改訂版とで記述が変わった理由はよくわかりません。」

知りたいですね。
「港北歴史地名ガイドマップ」(2006年2月刊)には、?@三浦の菊名一族の開発?A蓮勝寺の山号「菊名山」からの二説を挙げていますね。
『横浜の町名』1982年(昭和57年)の改訂の経過わかる方さがしたいですね。

太尾について、
大倉山ひいては大倉精神文化とは何か、
検討したいですね。
時間がない!!
Posted by みなと at 2007年01月11日 00:31
「初版と改訂版とで記述が変わった理由はよくわかりません。」

知りたいですね。
「港北歴史地名ガイドマップ」(2006年2月刊)には、@三浦の菊名一族の開発A蓮勝寺の山号「菊名山」からの二説を挙げていますね。
『横浜の町名』1982年(昭和57年)の改訂の経過わかる方さがしたいですね。

太尾について、
大倉山ひいては大倉精神文化とは何か、
検討したいですね。
時間がない!!
Posted by みなと at 2007年01月11日 00:32
「横浜の町名」の初版の著者です。このみなさんの記述を偶然見てびっくりしました。この本の改訂の経緯がわかる方を探したい、とのことでしたが、初版は私が横浜市からの依頼ですべて書きました。そのことは市役所の方が書いた初版の序文に書いてあります。しかしその後、私が12年にわたって外国に勤務したので、市役所は改訂版の執筆を図書館の半澤さんに頼んだのです。私はこの人は面識もありません。そこでかなりの正しい説が消され、俗語源のようなものが並べられました。「横浜」という大きな地名も「長い浜」という意味であることに行き着いたのですが、改訂版では消され、「大口」についても、従来の「袴をはき替えた場所」ではなく、「口が大きな谷戸」ということを古い地図の記述から書いたのにこれもなぜか消しました。地名がぜんぜん分かっていない人に改訂版の作成を担当したからです。菊名が「ククナ」であろうとするのは私の説です。どこにも出ていません。なお私は「古代地名語源辞典」(東京堂出版)の著者の一人であり、「地名関係文献解題辞典」(同朋社)の3人の編者の一人です。
Posted by 櫻井澄夫 at 2007年01月26日 15:28
追加です。宣伝ですが皆さん地名を調べるときは「横浜の町名」の初版(昭和57年)をぜひ見て下さい。2版、3版とは内容がかなり違いますから。なお初版は予算の時期の関係で3ヶ月で書いたもので、促成版です。その後こんなに長く、改訂版まででるとは夢にも思わず、促成版の内容がそのまま使われたり、勝手に地名を研究したとこがない人に消されたりするとは思わず、早く全面的に直したいのです。初版と改訂版は違うことに気がついていただき感謝します。なお私は妙蓮寺に住んでいます。
Posted by 櫻井澄夫 at 2007年01月26日 15:41
町名変更の件ですが、地名というものは「正名」と「穏定」というのがその基本です。個人名や企業名、施設名は使用すべきではないと考えます。東横線の学芸大学や都立大学の駅名が何回変わり、今や学校がなくなっても変えられなくなってどのくらいの人が迷惑しているか、類似の例は多数あります。「大倉山」というのは「個人名」です。その人を尊敬するのは自由ですが、地名にするべきものではないでしょう。また「太尾」という駅名が「大倉山」に変わった時期の事情を考えたらなぜ変わったのかが分かるでしょう。当時、電車が着いても降りる人はきわめて少なかったそうです。周りは農村であり、畑です。駅名変更は妥協の産物なのです。それに時々話題になりますが「大倉山」を冠したマンションなどの施設名は駅を中心にすでに相当広く分布しており、獅子ヶ谷の方にまであるそうですね。新町名それが分かっているのでしょうか?地名、町名というものはそこの住民だけのものではないのです。また新たな混乱と問題が出てくるでしょう。きちんと「正名」「穏定」を守ることが長い眼で見れば正しい考えになるのです。西東京という新しい市ができ批判されていますが、横浜だってペリーが来なかったら「南東京市」になっていたかもしれないのです。そんな主体性のないことでいいのでしょうか?日吉の地名や駅名を慶応や福沢にしたいですか?横浜市は「都築」を復活させましたが、大変結構なことです。「太尾」だって土地の安定を示すいい言葉ではないですか。田舎くさいというなら、新宿も渋谷も池袋も六本木も田舎くさいですよ。地名によって商売が繁盛するんじゃなく、努力によってするんじゃないんですか?参考までに中国では個人名を地名につけることは法律で禁止されています。きちんと問題点を整理して議論しないと。
Posted by 櫻井澄夫 at 2007年01月26日 16:15
櫻井さまコメントほんとうにありがとうございます。

地名の件、もっといろいろお話を伺いたいです。
まずはお礼を申し上げます。
地名のことはこれからまだたくさん調べなくてはなりません。
今後ともよろしくお願いいたします。
ピリオドは菊名を中心に活動しておりますので是非とも定例会などにもお越しください。

大倉山の件、まったく同感です。
Posted by 一歩 at 2007年01月27日 05:53
櫻井様、私の投げ掛けた疑問にお答えくださり、ありがとうございました。
いろいろお教え頂きたいこと、お話ししたいことがございますので、ぜひ一度お会いしたいと存じます。
歴史地名、地形など自然に由来する地名は「言霊」を含んでおり、安易に変えてはならないと私は思っています。
《菊名「川」物語》は私の命名ですが、地名と自然にまつわる物語をさぐりたいというのがその心です。
Posted by 悠歩 at 2007年01月27日 23:45
悠歩さま、一歩さま、コメントをありがとうございました。拝見したところ、お二人と考え方が違っていないように推察し、安心しました。確かに地名には「言霊」を含んでいると思いますが、私はいわゆる俗語源には極めて厳しい意見を持っています。これについては、昨年の6月の横浜地名研究会で「横浜の地名に関するいくつかの問題」というテーマで講演をしました。俗語源を私は「バスガイド地名学」と名付け、マスコミ、テレビ番組だけでなく、まじめな市町村の刊行物、一見専門家のように見える、自称「地名研究家」までもがいい加減なことを言っていることを批判しました。近所では綱島の某有名神社がホームページで、大口、樽、大豆戸、駒岡、獅子ヶ谷などすべてが自分の神社に由来する関連地名だと書いていますね。これらは全部典型的な地形用語に由来する地名で神社とは関係ありません。俗語源と研究はまったく異質であって、相容れないのに役所や自称「研究家」はそれが分からないのです。テレビ局などはあたかも俗語源が史実であるかのような番組を作り放映します。英語のケンネル(=犬小屋)は、「犬が寝るから」というようなものとレベルは同じです。「横浜の町名」の再販の改訂にあたった人はそれがまったく分からなかったのでしょう。研究をしたことがないからです。歴史学者も地名は分かりません。歴史学者は語源研究などしたことがないからです。それがマスコミや役所など周辺の人にはわからないのです。しかし出版社はそのような人に執筆を依頼します。またこういう俗語源を公的な機関が流すのは、まあコンプライアンスの問題でもあると考えます。役所は住民に正しい情報を提供する義務があると思います。こういった間違った情報を元に、町名が決まったりするのは本当に腹立たしいです。私は俗語源を廃するために、「横浜の町名」の初版を書きました。再版の改訂者にはまったく理解できなかったようですね。
重ねて、皆さんの「横浜の町名」の初版の記述に関するご意見と、疑問、卓見に敬意を表します。
お世辞ではありませんが、この話を某著名なKという地名研究家にしたら、「さすがに横浜はレベルが高い、その辺の「地名学者」よりずっと問題点が分かっている」、との意見でした。私も同感です。
ご近所ですから、いつでもどこでも出て行き意見の交換をしたいと思っています。どうかよろしくお願いします。なお私の近刊は「中国・食地名の雑学考」(田畑書店)というもので、ご興味あるかたには部数に限りがありますが、差し上げます。まあ食と地名についてのヨタ話集です。
Posted by 櫻井澄夫 at 2007年02月01日 06:59
今日は横浜市の住居表示審議会に傍聴に行ってきました。太尾町がほとんどそのまま大倉山になるもので、横浜市の町名でそのまま改名するのは例がないでしょう。法律ではできるだけ従来の名称に準拠するとなっているのですから、はっきり言ってこれは法律違反です。あまりにひどい全国の地名抹殺に対し、批判が起こり、議員連盟までできて昭和42年の法改正で変わったのです。「太尾」にどうしても問題があるなら別ですが、単にこっちがすきでは改称はできないはずです。それに大倉山には問題がいくつかあります。もともと町名ではなかったので、大倉山を冠するマンションなどは大変な広がりがあり、また大倉山駅はこの地区の東に寄っていますから、新町名と大倉山の駅とは必ずしもぴったりこないのです。駅の東側のすでに住居表示をやっている人にも意見があるでしょう。先にとったほうが勝ちというのでは、土地と地名の恣意的な関係といわれてもしょうがないのです。また前にも書いたように個人名を地名にしていいのか、今回の審議会で「研究家」の人が、高島町など前例があると言っていましたが、埋立地はもともと海であり、地名などなかったのです。それと一緒にするのはどうでしょう。まともな土地なら人名や企業名は選ばないと思うのですが。市は現地でアンケートをとるときに法の趣旨を住民に仕えたのか、疑問です。今回は現地アンケートでは、大倉山が一位で65%、太尾が2番で30%だったそうです。まあ、審議会も内容がなく、このような疑問や意見はまったくでなかったでした。審議会が形骸化しているといわれて久しいですが、例のタウンミーティングを思い出しました。もっと審議会ではディベートしないとね。全員賛成が前提ではね。審議とは追認することですかね。反対しそうな人はいれないのではね。これが「民主主義」の実態です。
Posted by 櫻井澄夫 at 2007年02月01日 16:39
櫻井さま、コメントありがとうございます。
先日の定例会でこのコメントのことを話しました。
本当にお近くということで皆お会いしたいと思っております。

今週(2/3)は都合で定例会は中止になりましたが、来週2/10土曜日午後7時から定例会を予定していますのでご参加いただけましたら幸いです。

会場は以下YNETのマップをご覧ください。
http://ynet.jp/infomation/ynetinfo.html
Posted by 一歩 at 2007年02月03日 07:18
一歩さま。たぶん2月10日に行けると思いますので、どうかよろしくお願いします。
ちょっとこの欄に書きすぎたかなと思いますが、まあ言いたいことは言ったほうが、言わないよりいいというのが基本的な考えですから。前に書いた私の本の名前間違っていました。「中国・食と地名の雑学考」(田畑書店)が正しいです。すみません、宣伝で。菊名周辺の字(あざな)の資料はお持ちですか?昨年、港北区の研究会が印刷しました。
Posted by 櫻井澄夫 at 2007年02月04日 09:18
櫻井様 コメントありがとうございます。
書き込みが多いことは歓迎です。

菊名周辺の字の資料などいまいろいろ収集中です。
参考になりそうなものがございましたら教えてください。

土曜日楽しみにお待ちしております。
Posted by 一歩 at 2007年02月06日 08:47
みなさん、昨晩はありがとうございました。時間があっというも間に過ぎていました。あらためてみなさんと基本的には考えが違わないことを感じました。地名に対する姿勢、地名とはどういうものかということの理解、別に外国をまねしろとはいいませんが、このように世界的に見ても、歴史的にも言葉としても、密度があり、内容が濃い日本の地名に対する正しい認識を持つ人を増やしたいと思っています。私は中国に長かったので、中国のことばかり言いますが、彼の地では地名管理条例というものがあり、地名だけでなく、公的施設や駅などの名称も
Posted by 櫻井澄夫 at 2007年02月11日 06:29
対象にしています。国家の地名委員会や各地の地名委員会は専門家を多数入れて、研究と調査をしています。かれらのホームページを見ればそのレベルが理解できます。日本にはまったくそのような組織はありません。世界の後進国です。
Posted by 櫻井 at 2007年02月11日 06:32
続きです。
昨日申し上げた、マンションの名称についてですが、2005年の11月に公正取引委員会はマンションの名称についての自主規制を承認しています。それによると、マンションに名前をつけるときは最寄の駅名を使用する。公園などの名前を使うときは、公園などから300メートル以内とするというものです。これを守ると、マンションの名称は今後、大倉山公園や大倉山駅からの距離が問題になるでしょう。しかし町名を変えればこのような問題はなくなるのでしょう。新しいマンション名は、公園や駅の名をとったのでなく、町名からだと主張できるからです。こんど南や南西に広がった町名としての大倉山の向こう側(川向こう?)でも「大倉山」をつけたマンション等が出てくるかもしれません。東の鶴見区内のまですでに広がっている「大倉山」の名はこうして東西に広がるのです。そのくせ大倉山公園の北半分は「大倉山」(町名)ではないし、駅のすぐ東もまたそうではないのです。たまたま住住居表示がいつ行われたかによって、こうして恣意的に町名が決定されるのは定見がないエゴといってもいいと思います。
東横線と相鉄との接続が計画されているそうですが、東横線側が菊名になるのか大倉山になるのか知りませんが、近くに新駅ができると、当然最寄の駅はそこになる場所が出てくるので、この規定にひっかっかる可能性もあります。不動産業者は当然そのくらいは考えているでしょう。地名、町名はさまざまな要素を含んでおり、当局はそのようなことも含めて検討し、資料が住民等に提供され、法律の趣旨を伝えるべきです。「住居表示に関する法律」は昭和42年に一部改正されましたが、「一部の市町村に従来の名称と縁もゆかりも名称をつける等、必ずしも適正とは言い難い事例も見受けられたことにかんがみ、(中略)、当該町区域を定めた場合には、当該町区域の町名等はできるだけ従来の名称に準拠して定めなければならないことを基本とし、これにより難いときに限って、できるだけ読みやすく、かつ簡明なものにしなければならない」という自治省の通知が昭和60年7月3日に出ています。昭和42年の趣旨が守られないので、60年に再改正されたのです(法5条?A)。法律では「これにより難いときは・・・・」なのです。しかも「読みやすく、簡明なもの」と法では規定しているのであって、従来の名称が読みにくかったり、簡明でなかった場合に限っては変更可能と、読むことも可能でしょう。太尾は「より難く」でもなく、読みにくくもなく、簡明でないこともないでしょう。当局はそのような諸問題を指導的な立場から説明し、アンケートなりなんなりを実施しなければいけない。コンプライアンスの問題です。住居表示審議会には法律家も出ていますが、この法律の趣旨をしっているのでしょうかね。知っていたら審議会で何か発言すると思うのですが。何度も言いますように、住居表示に関する法律は、「嫌いな町名を好きな町名に変更する」のが目的の法律ではないのです。乱れた地番などを整理、合理化して国民の生活に益するのが目的であるのです。しかも今度の「太尾町」→「大倉山」の町域は重なっており、ほぼ完全な町名の交換、新命名なのです。これは明らかに法の趣旨を逸脱しています。いやなら法律を変えればいいのです。昭和42年、昭和60年の法改正時には、住民運動、国会議員連盟の組織化などを経て実現しました。住民運動が法を変更させるには大変なエネルギーが必要です。どうしても「大倉山」に変えたいのなら法律を変えるべきです。町名は住民の好みによって自由に変えられるという法律です。まあそうなったら近所の町との大喧嘩でしょうね。だから国や市町村には、指導的な位置からの管理や法の制定が必要なのであって、その法律通りに行われないことには、住民はもっと意見をいうべきでしょう。この「太尾」→「大倉山」問題は、一冊の本が書けるくらいいろいろな問題点を含んでいますね。施設名を駅名にすることの反省は、学芸大学、都立大学で実証済みでしょう。どうちらも町名にはならなかった。学校はもうない。都立大学などは名前も変わった。妙蓮寺も町名にはならなかった。商店街の名称等は好きにつければいい。でも地名、町名はもっと「高尚かつ絶対的な」ものでしょうが。違いますか?「太尾」は恐らく、1000年くらいの歴史があるのではないでしょうか。「大倉山」はたかだか昭和の初期からですから、80年くらいのものでしょう。どっちが「重い」存在でしょうか?それを本当に消してしまっていいのですか?一時の流行で地名は着せ替えるものですか?ニューヨーク、パリ、ロンドン、北京、地名変更は革命か、被占領地域くらいしか変えないのはなぜか、歴史が断絶するからでしょう。歴史の断絶を自ら求めるのは、ほとんど世界的にも例がないでしょう。いっそのこと「横浜市」も「ペリー市(南アルプス市のまね。)」か「南東京市(西東京市のまね。)」、「高島市」(高島嘉エ門にちなんで。大倉山のまね。)にしては?それとも中田市(市長の名前をとって。)?
菊名のみなさん!あなたも「菊名」より、南大倉山にでも駅名も町名も変更したいですか?
ポーランドが国としての力が弱く、東側がソ連に長い間占領され、地名もロシア化ていたころ、ポーランド人はひそかに村々の地名を記録し、将来に備え、戦後、東側の地域が戻ってきたとき、地名の復活をしたそうです。「地名を守る」ことは、自分のアイデンティティーを守ることです。
そのような気概を持つことが、自分の社会における位置や、郷土への理解を育て、地域や隣人に対する愛情が培われるものと信じます。
今日は横浜地名研究会の例会に参加の予定です。すみませんいつも長くて。
Posted by 櫻井スミオ at 2007年02月11日 08:17
すみません。しつこくて。今日書いた文章が分かりにくっかたの気がついたので補足です。ニューヨーク云々は、そいう地名は決して変更されないでしょう、という意味です。最後の菊名云々は、南大倉山より菊名のほうがずっといいでしょ、という意味です。町が繁栄するのは自助努力の結果です。全国に大流行した「銀座」は、いまうらぶれた商店街になっているところがたくさんあります。身についていない借り物と本物の名前の関係は、「虚と実」の関係でしょう。今度変わる「大倉山」の町域のかなりの部分は「山」ではなく鶴見川、鳥山川の流域で、昔は流路や湿田だったところでしょう。「名と実」という点でも地名の正名と穏定という原則という点でも、評価しにくいですね。東急電鉄の担当者はかって言語生活という雑誌に、駅名の命名はとくに難しい条件はない、と言い切っています。民間企業はこの程度です。当局がなにか駅名に注文をつける法的な根拠は日本にはないのです。こういう人たちがつけた駅名にどうして公的な町名が右へならえするのですか?これを無定見というのです。今後横浜にも駅はだいぶ増えそうです。駅名に町名を無理にあわせると将来不合理が生じる。地名に正しい駅名を選ぶのが筋というものでしょう。これが地名の穏定です。
今度、菊名の駅名や町名を変更を、さっきの「南大倉山」以外に、「東新横浜」というのも候補にして提案したらどうかと思いました。これはもちろん本心ではありませんが、住民投票をしたら決まるかもしれないと考えると、おそろしい国です。私たちの姓は嫌いだからといって勝手に変えられません。地名にもそのような要素があるにもかかわらず、また法律にもそのような趣旨があるにもかかわらず、守られていないのが現実でしょう。菊名という地名がどのくらい長い歴史や意味をもっているのかは解明されていません。しかし、個性的で覚えやすい地名であるのは間違いない。菊名という地名がその地形を表象し、みなさんがやっておられる「川」の発見と、理解につながるとすれば、「キクナ」は、その土地に必然的に名付けられた、土地と不可分の名であると思います。悠歩さんが書かれた「言霊」にもつながることでしょう。「キクナ」はおそらく谷の地名です。大口はやはり谷の地名です。ツルミ(鶴見)は、川の地名です。横浜は浜の地名です。それぞでがその後の歴史を表象している、必然とも呼べるような個々の歴史を背負っていると思います。これに「言霊」がこもっているのではないかとも思います。「浜」だから地盤が弱く関東大震災でも大被害が出た。谷や川だから出水もある。いいことも悪いことも、地名が背負っているのだと思います。
Posted by 櫻井澄夫 at 2007年02月11日 09:20
櫻井さま コメントありがとうございます。

このスレも長くなりましたので、10日に新しい投稿を入れました。
またこちらでも地名の話を続けましょう。
Posted by 一歩 at 2007年02月14日 09:11
今日、横浜市議会で太尾地区(大倉山)の住居表示に関する公聴会があるそうです。大倉山への町名変更に反対するひとがいるようですね。公聴会が開かれるのを知らなかったので、意見は言えません。公聴会でどのような発言があるのか知りませんが、前に書きましたように、住居表示に関する法律は、町名を好きなものに変えるという趣旨ではありません。そのような自由は法的にはないのです。昭和42年の法改正、昭和60年の自治省通達によって、従来の地名にできるだけ準拠し、それにより難いときのみ、新町名を認めるとなっているのです。好き嫌い、こっちがいいよ、というような趣旨ではないのです。地元の検討会でも、住居表示審議会でも、たぶんアンケート時の説明でもそのことがまったく考慮されていないのは不可思議です。昭和37年にこの法律ができてからあまりの全国での「地名抹殺」「文化抹殺」の風潮に対し、国会がストップをかけたのです。自治省の通達もそのような趣旨です。乱れた地番を整備するのが中心ですから、当然、町の区域や境界も混乱があれば整理しないといけない。しかし、そのような問題がない地域では地番の整備をすればいいのであって、町名変更はできないと考えるべきです。今回は太尾町がほぼそっくり大倉山に変わるという案ですから、町界の乱れはないのです。今日の発言者がこの点を理解して発言していただけることを期待したいですが、まあ分かっていないかもしれません。もっと勉強してほしいですね。日本は法治国家なのです。公聴会に行ってきます。
Posted by 大口開き at 2007年09月04日 08:22
今日、市議会の公聴会に行ってきました。太尾町の町名を大倉山に変更する案に対して4人ずつが賛否の意見を言うのです。一言で言うと変更賛成者は商売人が多く、太尾はイメージが悪く、大倉山はいいというもので、地番の変更に対してはだれも反対なし、つまり地番の変更によって混乱した住居表示は整理できるのに、町名を大倉山に変更することの理由に使っているのです。住居表示に関する法律の2回の修正の意味についてはだれも言及なし、どっちの町名が好きかという意見に終始し、私が前に書いたように、この法律はAをBという町名に変えてもいいというのが趣旨ではないことがまったくわかっていないようです。太尾のように町域がそっくりそのまま新町名になるところは町名を変更できないのです。住民アンケートでもそのことを説明せず、どっちが好きかという内容では、どちららかに自由に手を上げることになりますね。議員の先生もたぶんだれも気がついていません。質問が出ませんでしたから。めちゃくちゃな方法ですね。法治国家ですか?日本は?赤信号ではわたっていけないのに、自分の家の前の道路を赤信号で渡っていいかどうか、決めるようなものです。しかも赤信号ではわたっていけないという法律があることを教えないのです。こんな議案が市議会の議案としてふさわしいですか?みな無責任ですね。
Posted by 大口開き at 2007年09月04日 19:37
Wikipediaの「住居表示」の項を見ていたら住居表示に関する法律に関して「法改正の趣旨が守られていないことが多い」との記述に接しました。私が「太尾町→大倉山」の町名変更が違法だと言っていることと同じ考えによるものでしょう。私だけが違法と言ってるのではないのです。先日、港北区選出のある市会議員でこの問題の委員会の委員と話をしたら、そんな法改正の趣旨と背景を知らなかった、驚いたと言っていました。委員でもその程度です。こうして「違法」あるいは違法的に地名は消えていくのです。法治国家は法律の趣旨にのっとって、住民アンケートとか説明会を実施すべきです。それを前提にしない検討委員会は合法的に住民の意見を汲み取る場とは言いがたいでしょう。委員会の議事録を見てもそのような法律の説明が正しくなされたとは思えないのです。
Posted by 大口 at 2007年09月08日 08:20
地名語義をまじめに考えている方々がいることを知りうれしく思います。
当方は旭区在住、地名研究歴27年。いわゆる地名研究学者の説はとりません。古事記の地名譚をみれば 文献の記述がどれほどのものか 直ぐにわかる。

8年前、当地区創立30周年記念紙編纂時に地名考を担当し下記論考文を作成提出したが一蹴され、俗説が掲載されました。私説は多少なりとも客観性はあると自負しております。ご感想などいただければ幸いです。


「本宿」地名考(旭区本宿町)
「宿」地名は各地に多数存在するが、その語源については字義から駅宿・宿場とする説が一般的である。しかし、はたして正しいといえるのであろうか。
下表は全国2万5千分の1地形図掲載すべての「宿」地名のうち7種について県別分布を表示したものである。県面積には大小があるため平均県面積として換算したのが補正値。
この表から次のことが読み取れるであろう。
(1)茨城は突出しており、「宿」地名の中心地。
(2)次いで埼玉・千葉・神奈川が濃密地帯。
(3)さらに栃木・群馬・東京とつづく。
(4)福島以北はやや希薄。
(5)青森以北にはまったく存在しない。
(6)甲信越以西は極めて希薄。
もし「宿」地名の語源が駅宿・宿場を意味するならば全国に均一分布するはずである。したがって「駅宿・宿場」説はただちに否定できる。茨城を中心とした何らかの文化圏があって、かつ青森以北が異文化圏(例えば蝦夷地)であった時期に発生した地名といえるのではないか。
駅宿の意味でないならば、「宿」地名はその字音「シュク」に本義があるとみる。ではそれは何か?
これを解くためにはいくつかの予備知識が必要である。
第一は東国方言圏の特定。奈良時代、畿内が東国方言であったことをうかがわせる材料はいくらもあるが、その例を一つだけあげる。
琵琶湖北部に浮かぶ竹生島(ちくぶしま)の島内に都久夫須磨(つくぶすま)神社がある。〈ち=つ〉〈し=す〉の音韻対応がわかる。
共通語で〔シ・チ・ジ〕と発音すべきを〔ス・ツ・ズ〕と発音する方言をズーズー弁というそうだ。ズーズー弁では寿司・獅子・煤は同音で「スス」、土・乳・父も同音で「ツツ」となる。竹生島(ちくぶしま)を都久夫須磨(つくぶすま)に字音表記したのは近江の地でズーズー弁が行われていた動かぬ証拠といえよう。
また福田良輔は『奈良時代東国方言の研究』において、武蔵を含めた関東・東北地方の東国方言と中央語との音韻差異を詳しく論じている。古き時代、本宿の地が東国方言圏であったことは間違いない。
第二は川の呼称ゴ・ゴウの存在である。河内は普通ゴウチに読まれる。小河内オゴウチ(東京都北西端)など。ゴウとは河・川の意です。現在でも種子島以南の島々では川をゴ・ゴウと称している。川の字を重ねた「〜川川」を「〜ゴ・ゴウ川」「〜コ・コウ川」と呼ぶ例は九州から長野・福井まで散見できる。現代語のオ列音は上代語ではウ列音に対応するものもあり(野守ヌムリ)、コ・コウは上代にはク・クウではなかったか。
これらのことから宿シュクは〈シュ〉〈ク〉に分解でき〈シュ〉は〈サ〉の訛音で少・狭の意。ク=コで川の意。即ち宿とは小川を意味するのであろう。
以上をまとめると、宿(シュク)は佐久・作サクと同語であろう。本宿と桐ヶ作が隣接して、それぞれが二俣川と今井川の源流部を形成する所以と考える。


「宿」地名の県別分布表(全国1/2.5万分地形図の全地名)
・・・・・・・・・・宿・・上宿・・下宿・・中宿・・新宿・・古宿・・本宿・・合計・・補正値
青 森・・・・・0・・・・0・・・・・0・・・・・0・・・・・0・・・・・・0・・・・・0・・・・・0・・・・・・0
秋 田・・・・・4・・・・4・・・・・1・・・・・1・・・・・0・・・・・・0・・・・・1・・・・11・・・・・・6.1
岩 手・・・・16・・・・4・・・・・5・・・・・4・・・・・0・・・・・・1・・・・・7・・・・37・・・・15.5
山 形・・・・・6・・・・7・・・・・5・・・・・2・・・・・2・・・・・・0・・・・・2・・・・24・・・・・16.5
宮 城・・・・16・・・・2・・・・・2・・・・・1・・・・・1・・・・・・2・・・・・1・・・・25・・・・・21.9
福 島・・・・10・・・・2・・・・・4・・・・・0・・・・・5・・・・・・2・・・・・0・・・・23・・・・・10.7
群 馬・・・・16・・・・4・・・・・5・・・・・3・・・・・4・・・・・・0・・・・・5・・・・37・・・・・37.2
栃 木・・・・20・・・・1・・・・・3・・・・・1・・・・・6・・・・・・2・・・・・1・・・・34・・・・・33.9
茨 城・・・・49・・・29・・・・23・・・・11・・・・11・・・・12・・・・・5・・・140・・・148.4
埼 玉・・・・18・・・11・・・・13・・・・・4・・・・・4・・・・・・0・・・・・5・・・・55・・・・・92.6
千 葉・・・・27・・・10・・・・・7・・・・・2・・・・10・・・・・・2・・・・・0・・・・58・・・・・72.2
東 京・・・・・5・・・・1・・・・・0・・・・・・1・・・・・3・・・・・・0・・・・・2・・・・12・・・・・35.6
神奈川・・・11・・・・3・・・・・5・・・・・・1・・・・10・・・・・・1・・・・・2・・・・33・・・・・88.0
その他・・・32・・・15・・・・12・・・・・9・・・・・10・・・・12・・・・・3・・・・93・・・・・・・3.0
合 計・・・230・・・93・・・・86・・・・40・・・・60・・・・34・・・・34・・・582・・・・582
Posted by 松村 ただし at 2008年12月29日 19:59
初めての投稿で不手際があり、二重投稿となりました。

消去するにはどうすればよいのでしょうか?
Posted by 松村 ただし at 2008年12月29日 20:11
>「横浜」という大きな地名も「長い浜」という意味であることに行き着いたのですが、・・・<

横浜は全国をみると少なくみても下記11件はある。それらで「横=長い」と普遍的に言える? 県の次は2万5千分の1地形図名。

1.青森)陸奥横浜
2.福島)泉先
3.福井)杉津
4.愛知)半田
5.和歌山)湯浅
6.広島)吉備
7.広島)三成
8.高知)田野浦
9.福岡)椎田
10.熊本)大江
11.山口)徳山
Posted by 松村 ただし at 2008年12月29日 20:46
松村さま、コメントありがとうございます。
重複は削除いたしました。

また、本文に○数字など機種依存文字が含まれており、
一部表示が正しくされませんので修正いたしました。

大変興味深い内容です。ありがおうございます。
Posted by 一歩 at 2008年12月30日 00:20
「菊名」名義考

『新日本地名索引』(金井弘夫編、全国1/2.5万分地形図全地名収録)の「〜名」地名は350〜400個を数える。

「上名」11個、「中名」4個、「下名」9個。地名「〜名」の修飾部に上中下があることは、それが名詞であることを示唆するでしょう。

県内には川名・田名・菊名(三浦市)もあり、これらを勘案した地名考でなければ説得力はない。

今日あらゆる地名研究は標準語で解こうとするが、標準語は明治以降であり、それ以前はお国言葉時代であった。地名もまた「お国言葉」で表記されたはずだ。

山形県「米沢」、福島県喜多方市山都町早稲谷「与内沢」は両方とも現地の人々は「ヨネージャ」と言うそうだ。故に与内沢=米沢を主張する学者もいる。するとnay→ne−。nay→na−もありかな。

落語家 林家こん平は出身地 新潟県川羽郡「千谷沢」村を「チャーザー」村と言っている。友人に茶谷チャタニという者がいるが、「千谷」と「チャー」とでどちらが元か分らぬ。

アイヌ語地名がある。知里真志保や山田秀三はアイヌ語地名帯とは「それが濃密に連続して存在する地域」と定義している。濃淡は程度問題。多少希薄でよければ関東も間違いなくアイヌ語地名帯。

栃木県大田原市を蛇尾川(サビ川)が流れる。見事な水無川です。本件について故山田秀三先生とお話する機会があった。アイヌ語でsat-pi川 とは「乾いた小石川」の意。まさにピッタリの川名です。先生もアイヌ語だろうとのご見解であった。蛇にサ音はないので、サ音をジャに訛り蛇を当てたのだろう。「千谷沢」→「チャーザー」や「与内沢」→「ヨネージャ」と同様。

アイヌ語、川nay→naは起こりうる範囲。すると各地の地名「〜名」は「〜川」に遡る。

川名=川川、田名=田川、菊名=菊川(語義未詳)。上名=上川、中名=中川、下名=下川。
Posted by 松村 ただし at 2008年12月30日 17:14
川の原始倭語は「コ・ゴ・コウ・ゴウ」

全国的に川をコ・ゴ・コウ・ゴウにも言う。なかんずく九州・四国・中国地方で顕著である。
河内(カフチ)→カワチ→コウチは説明しやすい。しかし「川(カハ)」が単独でコ・ゴ・コウ・ゴウへ変化するものか。コ・コウ・ゴ・ゴウは川の原始語と考える。

多摩川は別名 六郷川(ロク・ゴウ・カワ)、島根県の江川(ゴウ・カワ)などもこの類であろう。

以下に徳之島・奄美大島・屋久島・種子島・黒島の例を挙げる。鹿児島本土は現在集計中。すべて『日本全河川ルーツ大辞典(S.54/5/15初版発行)』による。

1.徳之島  13中12=92.3%  (井之川〈いのう〉は除く)
港川(みなと・ゴウ)、万田川(まんだ・ゴウ)、下田川(しもちゃ・ゴウ)、麦田川(むぎちゃ・ゴウ)、井之川(いのう)、亀徳川(かめとく・ゴウ)、大瀬川(おおせ・ゴウ)、鹿浦川(しきゃうら・ゴウ)、阿権川(あ・ごん・ゴウ)、上成川(うわなる・ゴウ)、秋利神川(あきじゃん・ゴウ)、真瀬名川(ませな・ゴウ)、湾屋川(わんにゃ川)、港川(みなと・ゴウ)

2.奄美大島  34中34=100%
金久田川(かねくだ・ゴ)、川内川(コ・ち・ゴウ)住用川(すみよう・ゴ)、山間川(やんま・ゴ)、戸玉川(とだま・ゴ)、三儀山川(さんぎゃま・ゴ)、大川(ふう・ゴ)山田川(やまだ・ゴ)、佐仁川(さに・ゴ)、嘉徳川(かとく・ゴ)、役勝川(やくがち・ゴウ)、興福地川(こうふくじ・ゴウ)、阿木名川(あきな・ゴ)、名音川(のん・ゴ)、大棚川(ふう・たな・ゴ)、大和川(やまと・ゴウ)、三田川(さんた・ゴウ)、知名瀬川(ちなぜ・ゴ)、小宿大川(こしゅく・ふう・ゴ)、前田川(まえだ・ゴ)、大美川(ふう・び・ゴウ)、中勝川(なかがち・ゴ)、戸口川(とぐち・ゴ)、田雲川(たくも・ゴ)、浦上川(うらかみ・ゴ)、有屋川(ありや・ゴ)、秋名川(あぎな・ゴ)、芦花部川(あしけぶ・ゴ)、嘉渡川(かど・ゴウ)、大良川(おおら・ゴウ)、内川(かわち・ゴウ)、小勝川(こがち・ゴウ)、朝戸川(あさと・ゴ)、屋仁川(やん・ゴ)。

3.屋久島 27中5=18.5%
大川(おお・コウ)、泊川(とまい・ゴ)、鯛ノ川(たいの・コ)、竹女護川(たけめ・ゴ・川)、志戸子川(しと・ゴ・川)、※小楊子川(こよう・ジ・川)は「こよう・ゴ川」の可能性あり。

全河川名は下記。そのうち、ゴ・コウに読むもの、コ・ゴ川は上記5例。

志戸子川(しと・ゴ・川)、泊川(とまい・ゴ)、宮之浦川(みやのうら川)、白谷川(しらたに川)、城之川(しろの川)、椨川(たぶ川)、男川(おとこ川)、女川(おんな川)、落川(おとす川)、田代川(たしろ川)、安房川(あんぼう川)、竹女護川(たけめ・ゴ・川)、中瀬川(なかせ川)、小田汲川(おだくみ川)、鯛ノ川(たいの・コ)、二又川(ふたまた川)、湯川(ゆ川)、仲間川(なかま川)、黒味川(くろみ川)、小楊子川(こよう・ジ・川)、大川(おお・コウ)、瀬切川(せぎれ川)、岳之川(たけの川)、永田川(ながた川)、土面川(どめん川)、吉田川(よしだ川)、一湊川(いっそう川)

4.種子島 22中5=22.7%
浅川川(あざ・コウ・川)、川脇川(コウ・わき川)、郡川(こうり・ゴウ)、鹿鳴川(しかなき・ゴウ)、甲女川(こうめ・ゴウ)

西京川(さいきょう川)、安納川(あのう川)、浅川川(あざ・コウ・川)、川脇川(コウ・わき川)、大川田川(おおかわだ川)、早稲田川(わせだ川)、向井川(むかい川)、沸川(たぎり川)、阿嶽川(あだけ川)、大浦川(おおうら川)、阿武鋤川(あぶすき川)、宮瀬川(みやせ川)、郡川(こうり・ゴウ)、鹿鳴川(しかなき・ゴウ)、島間川(しまま川)、塚川(つか川)、谷切川(たにきり川)、苦浜川(くはま川)、阿高磯川(あだかいそ川)、大渡瀬川(おおわたぜ川)、上石寺川(かみいしでら川)、甲女川(こうめ・ゴウ)

5.黒島 2中1=50% イノクチ川は「イノ口」川の可能性あるため除外。
イノクチ川(いのくち川)、宮向川(みや・ムカイ・川)土地の人は宮古川とも言う。中里川(なかざと川)
Posted by 松村 ただし at 2008年12月31日 22:43
櫻井澄夫さまのコメントをいただきたい。
Posted by 松村 ただし at 2009年06月30日 18:23
リッチドールの奈々子です。宜しくお願いします。+.(・∀・).+ http://home.mbtu.net
Posted by 美奈子. at 2012年10月06日 07:37
たくさんの「姫」にご奉仕してください。日給5万以上可(*´ω`)☆ ttp://img.2xb2.com
Posted by 美香 at 2012年10月06日 07:37
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Posted by あかね at 2012年10月06日 07:37
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Posted by 珠緒 at 2012年10月06日 07:38
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Posted by 相框?如何?? at 2013年06月05日 15:20
こんにちは。屋久島の川の名前ですが、「城之川」はジョンノコ、「湯川」はユーゴということが多いようです。
Posted by 屋久島遡行人 at 2013年09月29日 14:34
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Excerpt: 太尾か大倉山か、住居表示めぐり賛否両派が舌戦/横浜 : ローカルニュース : ニュース : カナロコ -- 神奈川新聞 http://www.kanaloco.jp/localnews/entry/..
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Tracked: 2007-10-16 23:38